皆さんこんにちは。
土居石油ローズガーデン東町SSの中澤です。
私は休日と来たら、とても暇を持て余している人間でして、自宅に引きこもっては、どうでも良い情報をネットで集めております。
しかし、ときたま『これは重要な事なんではないか?』と思わせるような記事も目にします。
先日この様な話をネットで見つけました。
『冷蔵庫に食べ物があり、服を着られ、住む場所があり、寝床があるならば、世界全体の75%よりも裕福だ。』
『自由にお金を使えて、世界中どこにでも行けるなら世界のわずか18%の裕福層に入る。』
『今、皆が健康で生きられるのは、今週生きられない何百万人よりも恵まれている。』
『この文章を読めるなら、目が見えない人や、読み書きができない人や、当たり前の情報や知識にアクセスできない世界の30億人よりも幸運なのだ。』
『人生は不平不満を持って生きるのではなく、数え切れない幸運に気づき感謝する事だ。』
これはどのような事なのでしょうか?
先日『運』についてブログに書きましたが、人はある瞬間を切り取って『運が良い悪い』を判断するのだと思います。
しかし、人生の何十年という長いスパンの時間も『運』というのは影響すると思っています。
世界には色々な人々が存在します。
私たちが想像できないような劣悪な環境で暮らしている人もいます。
では、その人々は運が悪いのでしょうか?
必ずしも運が悪いとは言えないのかもしれません。
彼らは自分の人生を悔いる事無く生きています。
豊かさや富を求めてはいません。
自分の人生が幸福に終えることだけを望んでいるように思えます。
そこにある幸『運』こそ私たちが大切にすべき考えなのかもしれません。
当たり前は『当たり前ではありません。』
私たち日本に暮らす人間は、幸福で恵まれています。
これを『当たり前』と思わず、日々感謝する事こそ、彼らに対してある意味『報いる』ということではないのでしょうか?
『対岸の火事』ではありません。
もしかしたら、そういう状況に置かれるかもしれません。
しかし、私たちは可能性を持っています。他の人々を助け、人々から助けられる…
そんな可能性を信じて生きていきたいものです。
という事で今回も虚無シリーズでした!